2010年1月28日木曜日

とばっちり②

さて 副校長に呼び出されて叱られた仲間のクリス。
彼は仙一と毎日放課後、校庭で遊ぶ仲間なのだが
彼も決して故意でもふざけてでも
女の子を叩くタイプじゃない。
そりゃぁ 仙一の校庭で遊ぶ仲間は時々羽目をはずして
親たちから怒られることはあるけれど 普通の男子たちである。

故にクリスのママも 何かおかしい、と思ったそうで
ちょうど学校から電話のあった日にギタークラスで
当事者のヤスミンとその親に会ったので
直接ヤスミンに聞いてみたそうだ。

「本当にクリスがあなたをHIT(叩いた)の?
それともタッチしたの?昼休みに校庭で鬼ごっこをしていたって
聞いたけど それは本当なの?」

すると ヤスミンは「鬼ごっこの時にタッチされただけ、、、、。」と
答えたそうだ。
「鬼ごっこしていてタッチされたのを嫌だったからって
叩かれたっていうのはおかしいわね、だったら
ゲームに入らなければいいんじゃない?」
と 思わずクリスのママは言ってしまったそうだ。

つまり 単なる鬼ごっこをしていてタッチされたのを
やだなぁ、と思って家に帰って愚痴ったら
親が勘違いして激怒した、ということのようだ。

それにしても、だ。
真相はわかったけど こちらの気持ちは複雑である。
まず、取り立てて悪いことをしてないのなら
仙一もクリスももう一人の男子も
副校長の前で自分の無実を主張し続けるべきであった。
(これは アメリカで暮らすにはかなり必要なことである。)
でも たかが7歳の子供たちに副校長が威圧的な態度ででたら
そりゃ 言い返せないよなぁ、、よほど度胸がなきゃできないよなぁ。

よく聞いたらヤスミンも担任には少し注意をされたそう。
そういうことがあったら その場で大人に言うか
その日のうちに先生に伝えること。
そりゃそうだよ 家に帰ってからじゃ 不公平だ。
ちなみに告げ口する、(チクる)は
TATTLE TELLINGという。

そう、こうしてこの件はひとまず収まったのだが、
翌日の金曜日、またしてもお迎え時に担任に直接呼ばれた私。。。
(ふだんは親の顔を確認したら 子供をドアのところから
 解放するシステムなので担任とは目拶だけなのだ。)
またしても 仙一に事件が起こっていた。
しかも 今回はTATTLE TELLIGによるもの。
OH,MY!
これもまた 続きは明日。(多分)

2010年1月26日火曜日

とばっちり①序章

先週のある日。
風邪気味だったので 午前中ソファでうたた寝をしていたら
電話が鳴った。
ちらっとみると 知らない番号。
とりあえず無視。
必要ならメッセージ残すはず。。と
しばし またウトウトしていたら
メッセージ受信のお知らせ音がしたので
聞いてみると「副校長から」。

「お宅の息子が 昨日のランチ休憩時に クラスの女の子の
頭をたたきました。しかも 理由も無く。校長室で書類を保管しています。
二度とこのようなことのないように 言って聞かせなさい。」

えぇー!!!どういうこと。
何で昨日のランチの後のことを 今日言ってくるのだ?
昨日学校でトラブルがあったとか 仙一は言ってなかったぞ。

あわてて学校に電話をすると 副校長が
「詳細は仙一が家に帰ったら 説明します。」
それじゃ 意味がわからない。
理由無く、女の子の頭を叩いたってこと?と
聞き返したら 「YES」。
とにかく 本人からあとは聞くように、と言って電話を切られてしまった。

それから迎えの時間までがやたら落ち着かない。
でも どう考えても 「理由も無く」人の頭を叩くか???
多少羽目をはずしがちな 仙一だけど 
そんな野蛮人ではないことは 確かだ。
何かがおかしい。

とにかく 息子を信じようではないか。
いきなり叱るのだけはやめよう。
冷静なおかーさんで対処しよう、と心に決め
学校に迎えに行くと 案の定しょんぼりしている。
放課後のギターレッスンのある日なので
その時間まで 近所の図書館で事情聴取をすることに。

担任からも そのことについての手紙が入っていた。
しかし よーく話を聞いたら 全く持ってしょーもないこと。

昨日の昼休みに いつもの仲間が鬼ごっこをしている、と
思って 仙一は一緒になってその女の子を追っかけて、
かるーくお尻を叩いた(タッチ)だけなのだそう。

それだけで 他の2名(クラスの仲良しの男児)の三人に
「叩かれた」とその女の子(ヤスミン・仮名)が
家に帰ってから親に言ったら 親が激怒して
翌朝学校に抗議の電話をしてきたとのこと。

じゃぁ 頭を叩いたってのは?
「叩いたっていうか タッチしたのはお尻のへん。」
あれ、いつも放課後みんなで遊んでいる感じのタッチでしょ?
「そう」
あとの二人は何したの?
「知らない、、だって遊んでたんだもん。いじめてたんじゃないし。」
で、副校長は何ていってたの。
「僕ら三人は今日昼休憩は無しで 副校長室で過ごしたの。
二度とこんなことするなって、さ。」
担任は?
「一人ひとりに事情を聞いた。ため息ついてたよ。でもね ヤスミンも
怒られた。昨日のうちにいわないで 家で言ったから。」

、、、、、、もう怒る気も無い。
もともと女子と遊ぶときには気をつけるように言ってきたのだけど
(色んな家庭があるし国柄で文化も違うから)
こんなことぐらいで 何で副校長に怒られなきゃならんのだ?!
馬鹿馬鹿しい! そんなわけで 女子との付き合いには
くれぐれも注意を払うように伝えるだけで 仙一を叱らなかった。

あまりにアホらしい事態なので 先生の手紙にはサインだけして
返したのだが 翌日一緒に怒られたクラスメイト・クリスのママに会ったので
(というか仲良しなので放課後の校庭では毎日彼と遊ぶ仙一なのだが。)
その話を切り出すと 思わぬ事実が!!!!


今日は時間切れなので 続きは多分明日。かな。
うはははは。

2010年1月16日土曜日

イークオリティについて

やれやれ 冬休みが明けたと思ったら
この週末は3連休。
月曜がマーチン・ルーサー・キング牧師の記念日で
休日のなのだ。

毎年 学校でキング牧師のことを学んでくるのだが
年齢が上がるにつれ 理解力もついてくる、から、か
どうかは知らないけれど
今週末の宿題にこんなのが出て びっくり。

Write what it means to treat someone equally and fairy.
Write about a time when you treated someone fairy or when you are treated fairy.
誰かと平等に付き合うということは どういうことかを書きなさい。
誰かを平等に扱ったり、また自分が公平に扱われたりしたときのことを書きなさい。

そりゃ 公民権運動や人種差別については 簡単には話してきているし
実生活で色んな国の友達と対等に 付き合っているから
肌で感じることもできる仙一だけど
いったいこの宿題になんて答えたらいいのだろう。

普段 大人自慢について憤懣やるかたなき仙一くん。
もしかして「家では 子供子供だといって 大人が差別します。」
なーんて書いたりして、、、、まずいなぁ。

2010年1月9日土曜日

Heart of gold

まぁ 色々あって新年迎えて新たなる1年っちゅーわけです。
思うことは山ほど
やりたいことも山ほど。

それにしても どういうわけか
10数年前に自分が感化されたものへの
慈しみに というか 懐かしさ というか
温故知新っていうか
そういうことに 再びジーンときている。

たとえば
サンテグジュペリの「夜間飛行」とか
シオンの初期の曲とか
しつこいけど(本当にしつこいね)キヨシローとかチャボとか
深沢七郎とか
武田百合子とか
岡本太郎とか
メイ・サートン、ターシャ・チューダ、トーベ・ヤンソンとか
レイ・デイビス、come dancingとか
イアン・デューリーとか
スピナーズとか。

今年は飛ばしていけそう。
(酔っ払ってるので勘弁)

2010年1月2日土曜日

10年ゴム消し






明けましておめでとうございます。
あれよあれよという間に2010年。
予想通り 年末はどっと押し寄せ
ぱっと去っていってしまった。
この間UPしたあとに NBA(全米アメリカンバスケットリーグ)の
試合を観にいったので そのことを書こうと思っていたまま
年を越してしまった。

しかし これは(我が家の)歴史に残る出来事だったので
書いておこう。

私としてはNBAには大して興味がなかったが
父ちゃんと仙一は毎週TVでバスケ観戦をしていた。
特にLAのレイカーズの人気選手、KOBE BRYANTの
大ファンで二人とも 本物を見たくてしょうがなかったのである。
今季は絶対生で観る!!と はりきってチケットを購入。
ニュージャージーのチーム ネッツとレイカーズ戦を観にいくことに。
ところが その日は前日から大雪大荒れ予報が出ていた、、、。
うちのオンボロ車では危険極まりない。
ギリギリまでどうしようか 私は迷ったのだが
父ちゃんは 何があっても行く気マンマン。
結果は、、、、会場までは雪もまぁ ぼちぼちだしこのままの
ペースなら大丈夫。と 試合を思う存分楽しんで

会場を出ると(しかも試合開始は8時。終了は10時近く。)
外は大荒れの横殴りの雪、っていうか 吹雪。
駐車場から出るまでに 既に方角も標識もわからなくなり
前の車に必死に付いていくも
雪が深くて ほかの車が路肩に乗り上げ 渋滞、、
スリップはするわ 道は間違えるわ 挙句の果てに
ワイパーが雪の塊で凍ってしまう、、、、

途中でまったく道がわからなくなり 
後続車も無いし対向車も無い、まったくもって
孤独の状態が続いたときには
口にこそは出さなかったけど
「一家遭難」の文字が頭をかすめた。

AAA(JAF)には加入しているが
ここで車が故障したり 雪に乗り上げたら
こんなとこで呼んでも 当然来てもらえないだろう。
それでなくても大雪であっちもこっちも 事故だらけである。
必死に地図と見えにくい道路表示をにらみつつ
一寸先は闇の中を進み
何とかマンハッタンに続くトンネルにたどり着いたときには
ほっとした。

しかし 地元に帰ってきたら
今度は車を置くところが無い。
この辺はたいていの人は路駐なのだが 決まったところ以外に駐車すると
罰金が課される。許可されているところは
自由に置いていいのだけれど
路駐はタダだから 空いているところは争奪戦。
それでなくても 大雪の深夜(既に1時過ぎ)に
車を動かす人がいるはずが無い。
近所をグルグル回り続け(それも雪かきされていない道路だから
ここでも一寸先は闇、状態。)ようやく 車を止められるところを
見つけて家に帰れたのである。
後で話したのだけど 本当に無事に帰ってこられたのは
ラッキーとしか言いようが無い。
普通の車ならまだいいものの うちの車は古くて難があるのである。
父ちゃんも内心ドキドキだったようだ。
KOBEが見たい一心で 出かけていって
試合自体はものすごく面白かったけど
あのあと 遭難していたら、、、、と思うと
ぞっとする。
そんなこんなで 大袈裟かもしれないけれど
我が家の歴史に残る一夜になったのであった。。。

新年を無事迎えられて良かった、、、、心底そう思っとります。
今年もよろしくお願いします。