2009年5月23日土曜日

こんなんなっちゃった 仙一編

こくこくと 新型インフルの状況が変わっていて
あれこれ思うことが多いけど 
まぁ いいや あんまり 考えても仕方が無い。
実際に 仙一の学校は通常通りだし。

っていうことで 最近の仙一をリポート。

去年の夏の終わりあたりから 漫画に目覚めた仙一。
最初は日本から戻るときの飛行機で読むように
ドラえもんを成田で買ってあげた。
このときは ひらがなもカタカナもかなり読めないし
ましてや 漢字なんて!という状態。

その次に父ちゃんが別のドラえもんを買ってきて
その巻末のCMにあったパーマンを
是が非でも読みたい、と言い出した。

たまたま 父ちゃんがブックオフで発見し
お土産で与えたところ まさに大ヒット。
寝ても冷めても寝っころがって読んでいる。

パーマンブームはかなり長かった。
その後 友人が誕生日にヤッターマンをプレゼントしてくれた。
これは 劇画タッチで少々難解だったようだ、、、。

そして あるとき近所の日本人ママが
いましろたかし作の「化け猫 あんずちゃん」を
貸してくれ、これが まさにつぼにはまり、
この本は最終的に 日本に住む私の友人(で、いいのか、キョーコちゃん。)に
送ってもらって いま またホクホクと読み返している。

同じくいましろ作品の「デメキング」を友人マナミちゃんが送ってくれたが
やはり これは大人漫画であった、ちと仙一君には理解不可能だったようだ。

この春には おばあちゃんに頼んで 忍者・はっとりくんを送ってもらった。
さすが 愛孫のためだ、おばあちゃんは どーんと
4巻分を送ってくれ、いま、仙一の国語力アップに
大きく貢献している。
私としては オバQを読みたかったのだが
今は絶版で無理だった、、、、

そんなこんなで 仙一は最近TVよりも漫画に夢中。
ウチの中が し~んとしている時は だいたい仙一が
本を読んでいるときだ。(漫画以外の絵本も児童書もけっこう読んでいる。)

そして ここ数日は
「漫画を描きたい」と言い出し
一昨日は あらすじとキャラクター設定を
ひたすら私に語って聞かせ、
昨日は 何かひとりでゴソゴソ始めた、、、と思ったら
スケッチブックに 漫画を書き始めていた。

これがまた オリジナリティがある、というか
ヘンな才能というか、、、字も絵もヘタクソなんですがね。
漫画に関しては日本語のみ使用、だそうです(笑)。

タイトル、主人公は「ほしくん」。
いまいち 意味がわからない、、、、。

2009年5月19日火曜日

すべてはALRIGHT (YA BABY) 、か?!

うーん 新型インフル、とうとう日本でも
身近になってきたようで、、、、。

のんびり構えていたアメリカ(というか NYエリア)も
とうとう 休校措置の学校が増えてきた。
それほど 遠くない場所の中学の教頭先生が 日曜の晩に
SWINE FLU(豚インフル)で死亡。
この学校は2百人以上の生徒が欠席したことを発端に
休校がきまったそうだ。

さて 仙一の学校は、、、というと 相変わらず
緊急連絡で「お知らせ」が来るわけでもなく
クラスの欠席数も1人とか2人とかの程度のようだ。
なんだかわからないけれど のんびりしているんだよなぁ。

とはいえ SWINE FLU、OUT BREAK IN QEENS、と
ニュースのトップ項目にはあがっている。
それでも、日本のようにパニックにならないのは
この発熱や咳やダルさが 新型インフルのせいだけではないのを
自覚している人が多いからかもしれない。

先週まで 花粉の飛散率が半端じゃなくて
花粉症じゃない人までもが 強風による埃と花粉でゲホゲホしていた。
花粉アレジーのある子供達は ある子は熱も出たし
また 別の子はひどい咳が止まらず
同様に 仙一も先週は薬漬けだった。

加えて 今年の気象が奇妙で 5月だっていうのに
寒くて雨の日が多く、それでも いったんお日様が顔を出すと
グワーンと気温が上がる。
インフルじゃなくて 普通に風邪を引きやすい状況なのだ。
トホホのほ。

そんな中 我が家の 夏の一時帰国まで
残りあと一ヶ月ちょっと 。
さまざまな 不安が頭をよぎる。

もしかして 仙一が受け入れ予定先の東京の小学校に
入れてもらえなかったりするかもしれない。

もしかして 同じ飛行機に感染者がいて 近くの席だったお陰で
成田のホテルに7日間停留(監禁)されてりして。

もしかして 滞在予定のマンションを借りるのを断られたりして。

米国帰りっていうだけで 白い目でみられるかもしれない。

ああ、 今までの状況をみていると
鎖国時代の日本に帰るようで
不安がいっぱいだ。
何も悪いことはしていないのに。。。。。。

そういえば 何故アメリカがこんなに
新型インフルで騒がないか、っていうと
下手に情報を煽ると パニックになり、差別や
暴動が起きる。
過去の歴史と国民性からみて やはり情報操作を
しないと危険な国なのだとか。

うーん 確かに暴動なんて簡単に起きそうだし
差別も当然あり得るね、この国じゃ。

PS 当面の間 日記のタイトルを
   忌野清志郎氏にちなんだもの
   (曲名、アルバム名、歌詞 ETC)
   にすることにした。しつこく
   故人を惜しむことを続ける。
   
   

2009年5月13日水曜日

あふれる熱い涙

清志郎の訃報から時間が止まってしまっている。
あまりのショックに言葉も出ない。
しばし 引きこもり状態で10日ほど経った。

あれこれと 思いが浮かんでは沈み
深いため息、そして ゆるんだ涙腺はなおらない。

しんどいなぁ と思うのは
ふとした瞬間に その人がもういない、という事実に
あらためてドッキリする時だ。

それでも 時間は過ぎていく。

思えば 私の人生の節々に清志郎の存在があった。
中学、高校、暗い大学時代、偏屈な高円寺時代、
勢いで住んだ国立時代。
結局 中央線に長いこと住みながら
数々のライブに出かけた。
結婚した頃に 勤め先の高円寺文庫センターで 念願のキヨシローのサイン会、
仙一が生まれて間もないころにも 2度目のサイン会、チャボのサイン会。

かもめブックスの壁にはパティ・スミスのポートレートの横に
清志郎の切抜きを貼っていた。
レジに近づいた人しかその切抜きは見えないのだけど
絵本屋に来て 清志郎が貼ってあるっていうだけで
店のファンになってくれたお客さんも かなりいた。

最後になってしまったアルバム、「夢助」が出たときに
メンフィスでの録音を記録した番組をみた。
それは ちょうど私達が家族で何かも うっちゃって
アメリカに渡る直前のこと。
スティーブ・クロッパー、、、、、オーティス・レディング。

復活の報告を聞いて
「JUMP」のプロモーションビデオに大うけ、号泣。
それは そんなに前のことじゃない。


あーあ もういいや。
書いても書いてもしょうがない。
基本的にセンチメンタリズムは性に合わない。

だけど こんなに悲しい思いをするとは、、、
知ってたけど知らなかった。

2009年5月2日土曜日

衝撃の事実に、、、。

そういえば 日本ではGWではあーりませんか。
タイムズスクエアでマスクをした
日本人観光客の写真が
こちらの新聞に載せられていて気付いた次第です。
はっきりいって 笑いもの、、、。
こちらでは 誰もマスクをしていないし、
しかも 日本特有の四角い白いマスクときたら
そりゃもう、、、不気味としか 受け取れられない。

それはそうと 仙一がおととい寝る直前に
ボソリと言った。

「ジャネテンがね 今日から学校に来たんだよ。
ずっと メキシコに旅行していて お休みしてたんだ♪」

「はっ?! 何だって? ジャネテン、メキシコ?
彼はロシア人ではないか? め、メキシコ?」

「うん。ほら リセスでさー ジャーニーでさぁー。」

もう その時点でめまいがして パニック状態の私。

とりあえず 取り乱さないよう心がけながら
仙一にクラスの様子を聞くが まぁ 眠いし
普段から意味不明な話が多い仙一(妄想派)なので 埒が明かない。
もちろん 彼はメキシコが今どうなっているかなんて知らなかったし
学校でも 具体的な説明はしていないそうだ。

しょうがないから豚インフルのことを新聞を見せて 説明し、
手洗い・うがいの重要性を説き、
ビビる仙一を寝かしつけ
慌てて クラスメイトのママに電話をし 確認。
しかし 詳細はわからず
しょうがないので 学校に問い合わせのメールを送った。

翌日 メールの返事が昼過ぎまでに来てないので
業を煮やし 直接電話をして聞いてみた。
こちらが知りたかったのは
彼がメディカルチェックを受けた上で 登校しているのか、
ということだけど ソコには返事が無く
今のところ 彼は発熱もしていないし 大丈夫そう。
学校側としては 州と市のガイドラインに合わせて
彼の処置をとっている。のだそうだ。

うーむ。
英語力が足りなくて もっと学校側に情報開示を求めたかったが
上手くできなかった、、、、。

それで昨日 
仙一を迎えに行ったら クラスのお母さんでそのことを
知らない人もいて 大騒ぎに。
一人が 担任に問いただしに行くと
なんと その問題の彼は今日は欠席、とのこと。

え?欠席?
何故休みなのだ、、、、発熱か?医者に行ったのか(検査)?
             もしかして 学校側から登校を控えるように言われたのか?
謎は深まるばかり。

取り立てて大騒ぎするべきじゃないのかも知れないが
事実は知らせて欲しいよ、
一体なんでこんなにノンキなのか 理解に苦しむ。

とはいえ こうなると自己防衛が第一だ。
それじゃなくても仙一は花粉症で鼻グズグズ。
インフルじゃなくても 簡単にウィルスをもらってしまう状況だ。

去年 日本に引き上げた友人ママが
看護婦なので 心配してメールでさまざまな対策を
知らせてくれた。

とにかく 基本のうがい手洗いに加えて
アロマオイル、ビタミン剤、エキナセアなどで
免疫力をあげること。
よく寝てよく食べること。
ビビらずに過ごすこと。
幸いアロマもエキナセアも常備していて
ふだんならビタミン剤なんて子供にあげたくないが
今はしょうがない。
毎晩の手抜きご飯を反省する母である。

ふ~む。
とりあえず今日が終われば週末である。




2009年4月30日木曜日

豚と花粉と。

先週末から 仙一がくしゃみを連発。
数日は風邪かな?と思っていたが
どうも様子がおかしい。
花粉のせいかも、、、?!
ここのところ 記録的に気温が上がり
真夏並みの暑さとなって 花粉が飛ぶのに好条件なのだ。

そんな折、豚インフルのNEWSが飛び込んできた。
しかも 感染者を出した高校は 同じクイーンズにあって
そう遠くないエリアだ。仙一の学校の兄弟姉妹の
誰かが通っている可能性もある。

すわっ、仙一も もしかして、、、と
疑ってみたけれど どうみても花粉によるアレジーだ。
去年同じ時期に 同じような症状が出た。
(AOLのブログが消えたので 記憶が定かではない、、、)

↑NYでは毎日無料の新聞が何誌か発行されている。
                           我が家の貴重な情報源だ。

それにしても 当初 日本の報道の過熱にびっくりしたものだが
対照的に こちらでは(感染者が出ているのに)報道がのんびりしたものだった。
しかし ここ数日事態が悪化しているので
さすがに さまざまなメディアで連日取り上げられている。

ちょっと違うのは 日本のように「急いでマスク買わなきゃ」とか
「豚肉販売を見合わせる」とか 国民が大騒ぎしないことだ。
草薙君の報道のときも ネットのニュースで見ただけだけど
マスコミのやりすぎ、日本国民の騒ぎすぎには げんなりする。

とはいえ アメリカの応対も暢気なもので
一応学校経由で市の衛生局からの通達(豚インフルの説明)はあったものの
じゃぁ 学校内で手洗いやうがいなどを
子供達に推奨しているか、、というと
特別 何の方策もとっていないようだ。
それじゃなくても 食事の前に手を洗う習慣がない人たちだけに
不安は募る。。。。。


もしかして パニックを避けるために政府(US)が隠していることが
たんまりあるのかもしれない。
今朝のニュースで米で感染者初の死亡が報じられていた。
一方では NYの市長が会見でNYの感染者は
みな回復に向かっていると声明を出している。
一体 状況は好転なのか悪化しているのか
よくわからない。

しかし よーく考えると これだけ南米移住者が多い国で
メキシコからその時期に入国した人の数を考えれば
感染者がこんなに少ないはずが無い。
やっぱり 重要機密事項として
 まだ明らかにできないことがあるのかも、、、、。
こ、こわい、、、、。

夏の里帰りに影響の無いことを祈る、、、。







2009年4月21日火曜日

リセス!リセス!!リセス!!!



うーむ 税金の処理が終わったかと思ったら
仙一の春休みがやって来た。
4月の9日から10日間、学校がSPRING RECESSで
休みなのである。

な、長い、、、、、日本のように 一人で公園に行っといで!と
できないので 一日べったりにならざるを得ない。
あちこちのお母さんから 深いため息が聞こえてきていた。

そうは言ってもこの時期は 
ユダヤ教信者にとって大事な時期だそうで
いそいそと その祭典(pass over)に向けて準備をしている様子が
あちらこちらで見受けられた。

また、12日はイースターというキリスト教信者のお祭りで
一般的にこの日は どの商店もお休み。
そうとは知らず のこのこ郊外のモールに出掛けていって
軒並み閉店していて がっかりして帰ってきたのだった。

面白かったのは イースターの日にikea (北欧家具や)に寄ったのだけど
ウロウロしているお客さんは ほとんどが 中国人、インド人だけで
妙に閑散としていた。
そうか 我らアジア人には イースター(キリスト復活祭)は
関係ないものねぇ~と 納得してしまった。

当然 我が家は純粋日本人一家なので
イースターと無縁と思いきや
父ちゃんが会社の人から仙一にあげて、と
イースターのチョコレートをもらってきた。
その人は思い切り日本人なんだけど
やはり 子供がいるとか何とかで イベントの一環として
チョコを用意したらしい。
いまでは 宗教的意味合いはだいぶ薄れ、
季節の行事として 学校でもイースターのお祭りを
取り入れている。
ま、要は そういったお祭りが好きかどうかなんですがー
あたしはやらないクチなので、、、、

でも このチョコは可愛くて美味しかった。

2009年4月2日木曜日

南米からIRSへ

さて 日本の税金シーズンは終わったはずですが
アメリカでは 4月15日までに納税手続きを
全員済ませなければならない。

日本と違ってここでは 納税者が自分で申告しなければならない。
だから 郵便局や図書館とかで 申請書類が配られているし
いまどきは 皆さんインターネットとかソフトを使って
済ませる人も多いようだ。
でも 税金の仕組みが複雑なので
(稼いでいる人ほど)会計士を使うのも 結構ポピュラーだ。

去年はビザの変更や父ちゃんの転職があって
税金の申告が複雑極まりなかったので
会計士に依頼した。
しかし 会計士には通常200~300ドル以上支払うので
貧乏な我が家では大きな出費である。

また、去年依頼した会計士は非常に慇懃無礼だったので
彼にはもう頼みたくなかった。
あんな奴に300ドル払うのは 嫌だ!
しかも 今回の申告は比較的簡単だから 自分でもできそう。

、、、、、貧乏人は何でも自分でやらなければならない。
しかも 今、私はHOUSE WIFE。
金は無いが 時間だけはある。

ソコからが長い旅となったのである。

書くと長いから 止めておくけど
結局 この2週間は 税のことをネットで調べて 
NY市の提供する「納税手続きアシスタントサービス」の
会場に何度も出向き、
結局 さまざまなことでそこの係員と 激論(?)を交わし、
そこでは埒が明かないから
IRS(国税局)まで出掛けて行って(2回)
提出書類を訂正して すったもんだの果てに
一昨日、無事 提出できたのであります。

まぁ 何でこんな簡単な書類に 時間が掛かったか、
というと アシスタントサービスの係員が知識を間違っていて
それを認めなかったからである、。

通常 一般的には 子供の控除を1000ドル(約10万円)
受けられるのだが どういうわけか その係員(ANDY)は
ウチはその規定に入らないから 控除は受けられない、と
いうのである。
おっかしいなぁ 同じビザ・ステイタスで同じ状況の人は
問題なく控除を受けてるのになぁ。
その疑問をIRSに行って聞くと
ウチは大丈夫、受ける資格がある、と
明言してくれたので
もう一度 ANDYのトコへ出掛けていって その旨を伝えると
「そりゃ IRSが間違ってんだよ!グリーンカードを持ってない人は
皆子供の控除は受けられないの!だから 書類は直さないよ」と
のうのうと言われた。
(怒り炸裂の私は 謎の英語で がなりたてると
一緒にいた仙一が ビビって ママ、、、止めときなよ、、と
おろおろしていた。 怒って英語で怒鳴るお母さんはかなり
怖かったらしい、、、、、。)

しょうがないから ふたたびIRSへ。
すると IRSの人が訂正を補助してくれて
書類を全て仕上げてくれ、
「そのANDYの組織に連絡入れておくから。
こんな間違いを認めないなら その会場での
他の納税者は みんな子供の控除を受けられないことになってしまう。
不公平だからね。」と 言ってくれた。

はぁぁ こうして初心者納税者の春は過ぎていくのだった、、、。

しかし 子供の控除が1000ドル、これを受けられるか受けられないかで
この夏の我が家の 日本一時帰国の運命がかかっていたのだ。
そりゃ 必死になるでしょう。
、、、そういうわけで この夏の一時帰国は決定しました。
西荻のみなさん この夏もよろしく。