2012年2月18日土曜日

そして10年。

ああ、とうとう仙一も10歳になってしまった。
先週、今週と催しが続いて
準備やら片付けやらで 忙しかった。

狙ったわけではないけど
仙一はバレンタイン・デーが誕生日。
いつかも書いたけど ここアメリカでは
男性が女性に贈り物をしたり花をプレゼントしたり、
日本とは随分ニュアンスの違う日なのだ。

いずれにせよ アメリカ人は何かとお祝い
(セレブレート)をするのが好きなので
学校では季節ごと、イベント毎に
ミニ・パーティがクラスで開かれる。
その日には持ち寄りでお菓子やら
ジュースやらが持ち込まれ、
みんなでワイワイ食べるのである。

例えば 仙一のクラスは毎月末に
その月の誕生日の人をまとめてお祝する決まり。
このときは 誕生日の子たちがケーキや
ジュースを持ってきて配布。
(家の懐具合によって豪華だったり地味だったり。)

その他 春にはイースター(復活祭)、秋にはハロウィーン、
サンクス・ギビング(感謝祭)、クリスマス、年明けて(NYだけか?)
チャイニーズ・ニューイヤー、そしてバレンタイン。
何だかんだで 毎月パーティ。
そのたびに 甘いクッキーやらドーナッツやら
着色料ギロギロのキャンディが教室で飛び交う。
日本の学校じゃ 考えられません!!!!

それで バレンタインには適当にお菓子を持たせて
明日金曜に 2月生まれの子の誕生会なので
今日は必死にクッキーを焼く準備。
(30名分。)

★★★
つづき、
翌日に書いてます。

ここまで書いて 中断して仙一のピック・アップに。
雨なので まっすぐ家に戻り、
彼が宿題を済ませている間に 用意しておいた生地の
型を抜き、ステンシルで模様をつけ、、、、、
模様をつけて、、、、、、、、
その模様が、、、、、、、

大失敗。

あーあ。

生地は30人分しか用意しておらず、
そこからまた小麦粉、バターなどこねる気にもなれず、
急遽 雨のなか、近所のスーパーへ行き、
市販のクッキーを購入。

私の時間を返せ!!!
一日パーティの準備に追われて
とどめがこれですか?!!!!

ええ、 私の失敗です。
やっぱり クッキーは苦手だ。
一枚一枚 型を抜くなんて我慢ならない。
ケーキの方が上手くいくし、
パンなら失敗しないもん。

はぁぁ
残ったのは 失敗した大量のクッキー。
(いちおう 焼いた。)
味はいいのだけれどね、見てくれが問題。

週末はまたしてもお友達の誕生会に呼ばれているし、
その次の週末に仙一の友達を呼んでレストランで誕生会。

イベント続きで落ち着きません。
生活は地味が一番。

2012年2月3日金曜日

アーミッシュ村へ 続きの続きの続き。完結近し。

NYはここ数日温かい。
気味が悪いくらいに。
そして雨が多い。
2月にして春の気配。
でもきっと 大ドンデン返しがあるんだろうな。覚悟。

さて 村の見学施設で受けた説明はまだまだたくさんあるのだが
時間が経つと共に 数日前まで読み返していた本の中で知った知識と
ごちゃ混ぜになってきてしまった。うーん。
ま、いいや。

とにかく子供たちはいわゆる高等教育を受けない。
これは父ちゃんから聞いたのだけど
アーミッシュの人は若い時に外の世界に出て
暮らしてみることもできるのだそうだ。
それを経験した上で その後をアーミッシュとして生きていくのか
自分で決めることも出来るらしい。

もちろん 外の世界に魅かれ、アーミッシュの世界に戻らない人もいるという。
だけど たいてい若者は自分の生きてきた世界を選ぶそうだ。

また、彼らの掟として戒を破ったものは 破門になることもある。
そうなると 近所の助けも得られず(収穫などは近所が助け合うのが基本。)
孤立し、暮らしていけなくなるのだそうだ。
色々な面で厳しいのは コミュニティを守っていく上で必要なことなのだろう。

ガイドのオバちゃんの説明から面白いと思ったのは
彼らは日々の祈りには教会を使わないということ。
教会はコミュニティごとに存在するのだけれど
基本的に祈りは自宅にて行う。
(日曜礼拝は教会であるという。それは一日がかりだそうだ。)

また、神父に権威をつけることを避けるために
その選出も抽選で行われるらしい。
つまり、代々神父の家系ということはなく、
その仕事をやれそうな人物を数人選んで 
やり方はよくわからないけれど くじ引きのようなことをして
当たった人がその職につくのだという。
色々な面において 公平で一人の人間に力を与えすぎないように
かなり配慮がなされている。

あとは何だっけ。

衣服住、もろもろの制約についても説明を受けたけど
ここでは割愛する。

とにかく信仰にのっとって日々シンプルな生活を送る、とされる
彼らだが、このアーミッシュ・ビレッジ見学農場を後にし、
予約していたホテルの近所のファースト・フードの店で
アーミッシュの家族がなごやかに食事をしている姿を目撃。
(余談だけど こっちもびっくりしたけど
 あっちもアジア人が珍しいようで じっと見つめられてしまった。)

そして その後、そのまた近所にある ターゲットという
日本でいうイトーヨーカドーのようなデパートでウロウロしている
彼らを何人も見た。もちろん買い物に来ているのである。

え? ターゲットで買い物するの?!
ってことは ここに馬車で来ているのか???
すんごい違和感、、、、、。

しばらく考えてみたのだけど
どうも 私(たち)がアーミッシュの人々を誤解しているのでは?、と
今では思うようになった。

というのも 彼らは電気を使わず、馬車を使って昔ながらの生活を守って
日々をすごしているけれど、それは信仰に沿って行っているのであって
エコロジーのためでもないし、人として必ずしも正しい姿なのでは無いのだ。
地球のためのエコ、ではなく
教え通りにやってたら 外界からはエコとみなされるようになった。
という 皮肉な話ではないのか、、、と。
ある意味、時代の最先端なのかもしれない。

ある本で書かれていたけど
アーミッシュ自体の文化も変化してきているそうで
たとえば 有名なキルトにしても
綿の布を使う伝統から ポリエステル混が多くなり、
昔のようなくたびれて出てくる見事な風合いがなくなって来たようだ。
買い物も然り。履いている靴は規定どおり黒色のものだけど
観察したところリーボック、ナイキなんかも履いていた。
それに家の中にはプラスティックのものも多いという。
でも それは彼らにとっては普通のことなのだろう。

そう、私が勝手に作ってしまった幻想でびっくりしたり
がっかりしたりしたのである。

とはいえ、まだまだ興味は尽きない。
電気の問題にしても 農業の問題にしても
生活に対する姿勢にしても いろいろな面で
これから考え直してみるためのヒントは多い。
それから ネイティブアメリカンの文化との比較もして
もっと突っ込んで考えて見る必要がある、と考える今日この頃。


さて、次回は写真をまとめるのと 補足があれば補足をしようかなっと。

PS 30年近い付き合いの友人が娘(中学生)を連れて遊びに来ている。
  やることなすこと新鮮で、こっちも楽しませてもらっている。
  明日はどこに行こうか。

2012年1月25日水曜日

アーミッシュ村へ 続きの続き

時間がどんどん過ぎる。
アーミッシュのような生活をしていれば
この時間感覚も違うのだろうなぁ、、、、。

さて アーミッシュ村はエリアによって印象がかなり違う。
大きく分けて
 
1 観光地として栄えているところ、BIRD IN HANDというエリア。 

2 大きな幹線道路に沿ってアウトレット・モールやファースト・フード店が
乱立するエリア(現地に行くまでこのことが信じられなかった。)

3 昔は栄えていたというストラスバーグ・エリア。
ここは今でも古い町並みと小さな個人商店がポツポツある。

まずBIRD IN HANDのアーミッシュマーケットへ。
ここでは 彼らの作った農産物、手工芸品などが販売されていて
軽食を取ることもできる。
私たちはかなりのシーズンオフに訪れたので
観光客もまばら。
でも アーミッシュの男性(服装でわかる)が
おやつを食べに来ていたり、地元の人たちで
(アーミッシュは一般アメリカ人のことをイングリッシュと呼ぶ。)
ぼちぼち賑わっていた。

ここで 目撃したのは 売り子のアーミッシュのお姉さんが
携帯電話を使っている姿だった。
我が一行はその姿を見逃さなかった。

「電話、って使わないはずだよね。しかも携帯電話。」
「、、、、、、、、、、、、、。」

もしかして 客寄せのための衣装を着たアーミッシュ?

疑問を残したまま その後 村のあちこちを車でまわる。

時折 目にするのは キックスクーターに乗るアーミッシュの人々。
これも謎なのだけど 自転車は使わないようだ。
あくまでも 自分の足で蹴って先に進まねばならない。
ある坂道で 見かけた女性もキックスクーターを駆使していた。
「いやぁ、子供はいいよね、これでも。」、と
追い抜いてから振り返って 仙一が大声をあげた。

「あの人、おばあさんだよっ!!!」

★ ★ ★

翌日 色々な謎を晴らすべく
THE AMISH VILLAGEという彼らの家とか学校とかを
見学できる施設に立ち寄った。

ここでわかったこと。
(ガイドのオバちゃんによる解説より。)

アーミッシュは

電気を使わない。
その代わりに台所ではPLガスを使う。
冷蔵庫もガスで冷やす冷蔵庫を使う。
もちろん エアコンなどは使わない。

車の所有は禁じられている。
でも緊急の時には 車にも乗るし病院にも行く。
その際彼らは保険には入ってないので現金で払う。
かかった費用はコミュニティで貯めたなかから支払われる。
(アメリカの医療費は保険に加入していないと
 とんでもない金額になるのでこうでもしないと大変だ。)

電話も一応緊急用で各家にはあるが
基本的に使わない。携帯は「仕事」では使うことがある。
(そうだったのか!!!本当か???)

ラジオも聞かない。もちろんテレビも見ない。
(これは家の中で、ということらしい。)

楽器は演奏しない。
家の壁に飾りをしていいのは 時計とカレンダーのみ。
ちなみに人形に顔を描いてもいけない。
のっぺらぼうのみ。
偶像崇拝を禁じるためだそうだ。

家の窓の桟はグリーンか茶色か白でなくてはならない。
つまりこの周辺の家の窓を見れば 住人がアーミッシュなのか
イングリッシュなのか判別できる。(ほぉぉーーー。)

子供はワンルーム・スクールというアーミッシュの子供のみの
学校に行き、8年生で学校を終える。その後は手伝い等をして
一人前になる。上の学校に進むことは(基本として)できない。


しまった。今日はここで時間切れ。
続きの続きの続きは また近日。
以下 写真です。



ガイドのおばちゃんがケバくて怖かった。

台所。ランプもガス。

YES!!



2012年1月18日水曜日

Dreams to rember. キング牧師の日に。

ランカスターの話は続けるけれど
その前に 印象的な休日について。

この月曜は キング牧師の誕生日休日で
仙一は土日月と三連休。

今年のこの週の宿題は
「キング牧師の業績3つをエッセイにまとめること。」

既に先週授業で資料のビデオを見たりして
メモはとってあるあるし 
毎年 学校でキング牧師のことを学ぶので
基礎知識はあるのだけれど
彼が「ベトナム戦争」反対の立場をとったこと、の
意味がよくわからないらしく、私に聞いてきた。

私だってそんなのよくわかっていない。
そこで 慌てて調べてから 噛み砕いて話すのだけど
要領を得ない。
人種差別と経済と時代と戦争の話を
わかりやすく、なんて無理、ってことで
ベトナム戦争のことはおいておいても
他にやり遂げた大きなことが3つあるはずだよ、
それを書きなよ、、、、と
ひとまず 宿題を終わらせる方向に話を向けたのだった。

宿題が終わってから
そういえば キング牧師の演説を見たことがないので
(本では読んで知っているけど。)
YOUTUBEで二人で観てみた。
ワシントン・デモの時の有名な17分の演説。

ものすごい数の群集と力強い演説に仙一は絶句。

人はこれだけのパワーを持って 世の中を変えられた。

時代なのか、それとも国民性なのか。

日本ではどうなのだろうか。

2012年1月12日木曜日

アーミッシュ村へ 続編

さて NYCからペンシルバニアへ。
だんだんランカスターに近づくにつれ、気分は盛り上がる。
しかし、、、、なかなか農地らしきものが見えてこない。

とにかくだ。
観光局に立ち寄って パンフレットとかもらおう、と
ハイウェイ沿いのランカスター観光局へ。

車を降りると 近所は高速道路の交差するところなのに
「田舎の匂い」が鼻をつく。
おお、空気は田舎ではないか。
(あとでわかったのだけれど 畑に放置されたトウモロコシの残骸と
道行く馬の馬糞の匂いだった。)

とにかく 宿の下見も兼ねつつ アーミッシュ村へ車を走らせていると
前方に見えるのは、、、あ、あれは 馬車ではないか。
第一村人発見。

本当に車道に馬車が走っている。
もちろん 乗っているのはアーミッシュの人。
黒い服、黒い帽子。そして髭。

あっという間にすれ違う。

さすがに高速道路には馬車は走っていないが
かなり大きい幹線道路でも 車やトラックと一緒に
車道をパカパカ走っているのである。

そんな状態に慣れていないので 父ちゃんは運転にドキドキ。
ころあいを見計らって 追い越したり、信号待ちも右折も左折も
タイミングを見なくてはならない。

最初は 観光用に馬車をある程度走らせているのかと思ったけど
3日滞在しているうちに あれは本当に実生活で彼らが使っていることが判明。
アーミッシュの人は教義により車の所有と運転を禁じられているのだそうだ。
(緊急のとき、人に乗せてもらうことはあるとのこと。)

道路には当然馬糞のあとがあちこちにある。
なかなか風情があるではないか。



アーッミッシュの人は写真を撮ったり撮られることを禁じられている。
馬車はいいけど 人物は撮影禁止。
でも 写真を撮ろうとしたら 窓から手を振ってくれた。

夕方になると 大きな道路以外は照明がない。
真っ暗である。
うっかり 農道に入りこんで 暗い中、
そろそろと見知らぬ道を車で進んでいると
突然ビカビカ光る物体がやってくる。
何かと思ったら アーミッシュの馬車であった。
どの馬車も黒一色に決まっているので
夜走る時には 方向指示器などで存在感をアピールするのである。
これは 電気ではなく電池で光るものだそうだ。
ここでも電気は使わないとのこと。
フーム。

まずは馬車の存在に圧倒された初日。
その後 訪れたところどころで
アーミッシュの人々をみかけるのだが、、、。

続きは続く。
(長くなりそうだ。)

2012年1月10日火曜日

アーミッシュの村へ①

あけましておめでとうございます。
毎度のコトながら
12月は あっというまに過ぎていき、
クリスマス、年越し、気付けば
年が明けて 9日も経っている!!!

さて 今年は(去年は?)年越しを家ではなくて
旅先でしよう、ということになり、
出掛けてきました、ランカスターのアーッミッシュ村へ。

NYシティから車で4時間、ペンシルバニア州にあるその町には
アーミッシュとよばれるキリスト教徒の一派が
この現代社会においても 自分達の教義を守り、
電気、車を使わない生活をしている。

基本情報はそんな感じ。
実は若い頃彼らのことに興味があって
いろいろ調べたり本を読んだりしていたけど
それでも 謎は深まるばかり。

出発前から 疑問にまみれ
じつは 帰ってきてからも 謎は解けない、一部しか。

というわけで この旅のことは 次回に続く。



                 現地で迎えた初日の出
               今年は平和に過ごせますように。

2011年12月13日火曜日

社会科のお時間。

仙一の話です。

4年生になって 社会科の授業が本格的になってきた。
去年までは 担任が教えていたけど
今年からは 担任の社会の時間と別の教師の授業がある。
ややこしい。やっていることは 似ているから 現場は混乱気味。

ま、それはいいとして。

先々週末、月曜にソーシャル・スタディ(社会)のテストがあるんだ、という。
それは アメリカ50州の名前と それぞれのキャピタル・シティ
(えーっと、州都、 というのかなぁ 日本語だと。)を
覚えて来い、というのである。

さすがに 1週で全ては無理だから 25州ずつ、2週間にわたってのテスト。
A-Z順で半分だと 前半はミズオーリ州まで。

それで 先々週末、先週末は 朝から晩まで
仙一にQ&Aを繰り返す。

私たちはアメリカ人じゃないので 馴染みの無い地名ばかり。
工夫でもしないと なかなか覚えられない。
(特に大人。)

仙一は バスケ、野球、フット・ボールのチームを妙なことに
よく知っているので それで関連付けて覚えるのが かなり役に立った。

たとえば ミネソタは大リーグの球団 ミネソタ・ツインズのあるところ、
ST.PAULが州都。

アイダホは (どこだ?それは!!)
大学のバスケで強いチームBOISE大学があるから州都もボイズ。
(へぇー 知らなかったよ 、 そんなこと。)

マサチューセッツは 松坂投手、ってことでボストン。

でも そのほかは 工夫がいる。

カンサス = トペカ = クラスの女の子の飼っている犬の名前

ウィスコンシン = マディソン = 友達の妹の名前

ケンタッキー= フランクフォート= フライドチキンでないけどフランクフルトでもない。

デラウェア = ドーバー = Dで始まる州だからDで始まる州都。
             (かなり無理がある。)

大人にしてみると
ニューメキシコ = サンタ・フェ = 宮沢りえ
テネシー = ナッシュビル = ボブ・ディラン(のアルバム名)

ややこしいのが
サウス・ダコタ、ノース・ダコタ、サウス・カロライナ、ノース・カロライナ。
何の馴染みも親しみも無い土地。
これには参った。(大人だけ)

ところで NYの州都はどこか、意外に知られていないかもしれない。
いや、私は知らなかったよ、数年前まで。
NYの州都は アルバニーというところです。

そんな訳で 行くこともないだろう土地の名前を必死に覚えた週末であった。

さて テストの結果はいかに。