2012年1月25日水曜日

アーミッシュ村へ 続きの続き

時間がどんどん過ぎる。
アーミッシュのような生活をしていれば
この時間感覚も違うのだろうなぁ、、、、。

さて アーミッシュ村はエリアによって印象がかなり違う。
大きく分けて
 
1 観光地として栄えているところ、BIRD IN HANDというエリア。 

2 大きな幹線道路に沿ってアウトレット・モールやファースト・フード店が
乱立するエリア(現地に行くまでこのことが信じられなかった。)

3 昔は栄えていたというストラスバーグ・エリア。
ここは今でも古い町並みと小さな個人商店がポツポツある。

まずBIRD IN HANDのアーミッシュマーケットへ。
ここでは 彼らの作った農産物、手工芸品などが販売されていて
軽食を取ることもできる。
私たちはかなりのシーズンオフに訪れたので
観光客もまばら。
でも アーミッシュの男性(服装でわかる)が
おやつを食べに来ていたり、地元の人たちで
(アーミッシュは一般アメリカ人のことをイングリッシュと呼ぶ。)
ぼちぼち賑わっていた。

ここで 目撃したのは 売り子のアーミッシュのお姉さんが
携帯電話を使っている姿だった。
我が一行はその姿を見逃さなかった。

「電話、って使わないはずだよね。しかも携帯電話。」
「、、、、、、、、、、、、、。」

もしかして 客寄せのための衣装を着たアーミッシュ?

疑問を残したまま その後 村のあちこちを車でまわる。

時折 目にするのは キックスクーターに乗るアーミッシュの人々。
これも謎なのだけど 自転車は使わないようだ。
あくまでも 自分の足で蹴って先に進まねばならない。
ある坂道で 見かけた女性もキックスクーターを駆使していた。
「いやぁ、子供はいいよね、これでも。」、と
追い抜いてから振り返って 仙一が大声をあげた。

「あの人、おばあさんだよっ!!!」

★ ★ ★

翌日 色々な謎を晴らすべく
THE AMISH VILLAGEという彼らの家とか学校とかを
見学できる施設に立ち寄った。

ここでわかったこと。
(ガイドのオバちゃんによる解説より。)

アーミッシュは

電気を使わない。
その代わりに台所ではPLガスを使う。
冷蔵庫もガスで冷やす冷蔵庫を使う。
もちろん エアコンなどは使わない。

車の所有は禁じられている。
でも緊急の時には 車にも乗るし病院にも行く。
その際彼らは保険には入ってないので現金で払う。
かかった費用はコミュニティで貯めたなかから支払われる。
(アメリカの医療費は保険に加入していないと
 とんでもない金額になるのでこうでもしないと大変だ。)

電話も一応緊急用で各家にはあるが
基本的に使わない。携帯は「仕事」では使うことがある。
(そうだったのか!!!本当か???)

ラジオも聞かない。もちろんテレビも見ない。
(これは家の中で、ということらしい。)

楽器は演奏しない。
家の壁に飾りをしていいのは 時計とカレンダーのみ。
ちなみに人形に顔を描いてもいけない。
のっぺらぼうのみ。
偶像崇拝を禁じるためだそうだ。

家の窓の桟はグリーンか茶色か白でなくてはならない。
つまりこの周辺の家の窓を見れば 住人がアーミッシュなのか
イングリッシュなのか判別できる。(ほぉぉーーー。)

子供はワンルーム・スクールというアーミッシュの子供のみの
学校に行き、8年生で学校を終える。その後は手伝い等をして
一人前になる。上の学校に進むことは(基本として)できない。


しまった。今日はここで時間切れ。
続きの続きの続きは また近日。
以下 写真です。



ガイドのおばちゃんがケバくて怖かった。

台所。ランプもガス。

YES!!



2012年1月18日水曜日

Dreams to rember. キング牧師の日に。

ランカスターの話は続けるけれど
その前に 印象的な休日について。

この月曜は キング牧師の誕生日休日で
仙一は土日月と三連休。

今年のこの週の宿題は
「キング牧師の業績3つをエッセイにまとめること。」

既に先週授業で資料のビデオを見たりして
メモはとってあるあるし 
毎年 学校でキング牧師のことを学ぶので
基礎知識はあるのだけれど
彼が「ベトナム戦争」反対の立場をとったこと、の
意味がよくわからないらしく、私に聞いてきた。

私だってそんなのよくわかっていない。
そこで 慌てて調べてから 噛み砕いて話すのだけど
要領を得ない。
人種差別と経済と時代と戦争の話を
わかりやすく、なんて無理、ってことで
ベトナム戦争のことはおいておいても
他にやり遂げた大きなことが3つあるはずだよ、
それを書きなよ、、、、と
ひとまず 宿題を終わらせる方向に話を向けたのだった。

宿題が終わってから
そういえば キング牧師の演説を見たことがないので
(本では読んで知っているけど。)
YOUTUBEで二人で観てみた。
ワシントン・デモの時の有名な17分の演説。

ものすごい数の群集と力強い演説に仙一は絶句。

人はこれだけのパワーを持って 世の中を変えられた。

時代なのか、それとも国民性なのか。

日本ではどうなのだろうか。

2012年1月12日木曜日

アーミッシュ村へ 続編

さて NYCからペンシルバニアへ。
だんだんランカスターに近づくにつれ、気分は盛り上がる。
しかし、、、、なかなか農地らしきものが見えてこない。

とにかくだ。
観光局に立ち寄って パンフレットとかもらおう、と
ハイウェイ沿いのランカスター観光局へ。

車を降りると 近所は高速道路の交差するところなのに
「田舎の匂い」が鼻をつく。
おお、空気は田舎ではないか。
(あとでわかったのだけれど 畑に放置されたトウモロコシの残骸と
道行く馬の馬糞の匂いだった。)

とにかく 宿の下見も兼ねつつ アーミッシュ村へ車を走らせていると
前方に見えるのは、、、あ、あれは 馬車ではないか。
第一村人発見。

本当に車道に馬車が走っている。
もちろん 乗っているのはアーミッシュの人。
黒い服、黒い帽子。そして髭。

あっという間にすれ違う。

さすがに高速道路には馬車は走っていないが
かなり大きい幹線道路でも 車やトラックと一緒に
車道をパカパカ走っているのである。

そんな状態に慣れていないので 父ちゃんは運転にドキドキ。
ころあいを見計らって 追い越したり、信号待ちも右折も左折も
タイミングを見なくてはならない。

最初は 観光用に馬車をある程度走らせているのかと思ったけど
3日滞在しているうちに あれは本当に実生活で彼らが使っていることが判明。
アーミッシュの人は教義により車の所有と運転を禁じられているのだそうだ。
(緊急のとき、人に乗せてもらうことはあるとのこと。)

道路には当然馬糞のあとがあちこちにある。
なかなか風情があるではないか。



アーッミッシュの人は写真を撮ったり撮られることを禁じられている。
馬車はいいけど 人物は撮影禁止。
でも 写真を撮ろうとしたら 窓から手を振ってくれた。

夕方になると 大きな道路以外は照明がない。
真っ暗である。
うっかり 農道に入りこんで 暗い中、
そろそろと見知らぬ道を車で進んでいると
突然ビカビカ光る物体がやってくる。
何かと思ったら アーミッシュの馬車であった。
どの馬車も黒一色に決まっているので
夜走る時には 方向指示器などで存在感をアピールするのである。
これは 電気ではなく電池で光るものだそうだ。
ここでも電気は使わないとのこと。
フーム。

まずは馬車の存在に圧倒された初日。
その後 訪れたところどころで
アーミッシュの人々をみかけるのだが、、、。

続きは続く。
(長くなりそうだ。)

2012年1月10日火曜日

アーミッシュの村へ①

あけましておめでとうございます。
毎度のコトながら
12月は あっというまに過ぎていき、
クリスマス、年越し、気付けば
年が明けて 9日も経っている!!!

さて 今年は(去年は?)年越しを家ではなくて
旅先でしよう、ということになり、
出掛けてきました、ランカスターのアーッミッシュ村へ。

NYシティから車で4時間、ペンシルバニア州にあるその町には
アーミッシュとよばれるキリスト教徒の一派が
この現代社会においても 自分達の教義を守り、
電気、車を使わない生活をしている。

基本情報はそんな感じ。
実は若い頃彼らのことに興味があって
いろいろ調べたり本を読んだりしていたけど
それでも 謎は深まるばかり。

出発前から 疑問にまみれ
じつは 帰ってきてからも 謎は解けない、一部しか。

というわけで この旅のことは 次回に続く。



                 現地で迎えた初日の出
               今年は平和に過ごせますように。